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「祭」の終わりと「わかりやすさ」の正体

ファッションショーまで2週間、展覧会まで3週間となった。

これまで6年間毎年開催していた木曽ペインティングスの芸術祭だが、今年は開催しない。アーティストコレクティブ・GR19企画の展覧会の開催となる。

その理由はいくつかある。

木曽に移住して芸術祭を始めるにあたり心がけていたのは、アートのレベルを下げずにいかに地域の中に根を下ろすかだった。

地方において「都会で相手にされなくても地方の人間ならだませるだろう」的なレベルの低い「アート」イベントが横行しているのは分かっていた。実際に「アート」を語る詐欺イベントは信州に溢れている。かといって意識高い系のイベントを行ったところで怪しげなスピリチュアル団体や政治団体同様に相手にもされないだろう。絶妙なさじ加減が求められた。そして6年間模索し続けた。

その間にひとつわかったことがある。信州において「アート」という言葉は「芸術」よりも「芸能」という意味で消化されているということだ。芸能は英語にすればエンターテイメントとなる。そしてエンターテイメントに必要なのは「わかりやすさ」だ。それが信州において私が感じていた「アート」という言葉を巡る違和感の正体だった。ライブペインティングのような謎イベントが何故か多いのもそれで理解できる。郷にいれば剛に従え。私たちも芸術「祭」というエンターテイメント要素を取り入れながら6年やった。もう次に進みたいと思う。「祭」は終わりにしよう。私にとって「アート」とは「変化」でもある。それは複雑な世界の現実を反映し、わかりやすいはずのないものだ。

異質なものが出会うことで新たな文化が生まれる。いまは伝統と呼ばれているものも生まれた当時は異質なものの出会いがあったのだ。

例えばクンビアというコロンビア発祥の音楽がある。本国では過去の音楽として影が薄くなっていた頃、メキシコ、ペルー、アルゼンチンなど各地に伝わり、それぞれの土着や伝統と結びつきながら独自な文化に進化を遂げ、今やグローバルなマーケットを形成している。

私が展覧会のタイトルとして「土着とストリート」という言葉に込めたのもそのようなダイナミズムへの期待だ。

アーティストコレクティブ・GR19も普段はそれぞれ個人で活動をするアーティストの集合体だ。バラバラな3人が一つのプロジェクトを共に行うことで一人の時には起こり得ない化学変化も生じる。

そんなGR19プロデュースの展覧会「土着とストリート」は9月23日より、ファッションショー「neo farm style」は9月16日に開催となります。


岩熊力也

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