top of page

【近藤太郎の滞在記録3】文・近藤太郎

こんにちわ。近藤太郎です。

最近も制作に励んでおります。

今週は親戚に頼まれていた油絵を描きました。タイトルは「ファミリー・ナイト・ツアー」です。ファミリーで夜に知らない土地をツアーをしているというイメージが思い浮かんだのでそのように描きました。近頃は植物の緑や夜のイメージをよく描きます。きっと木祖村の夜や植物の緑が影響しているのだと思います。 木祖村の夜は山と川が主役になっているようで僕はちっさい虫みたいな気持ちになります。

また木祖村郷土ソングプロジェクトのMV撮影も順調に進んだ1週間でした。思い出深かったのは僕が働いているマルオカ工業のダンスです。皆さん隊列を組んでまるで戦隊モノのようでカッコ良かったです。僕も入れば良かったと後から少し後悔しましたが、その後僕はそばみというお弁当屋さんのお母さんと一緒にタンゴみたいなダンスで共演できたので良かったです。終わった後、もっとハッチャければ良かったわ〜と言われましてじゃあまた一緒に踊りましょうと約束しました。そのうち社交ダンスの場でもあれば良いな!と思いました。

6月13日のオープンスタジオに向けて、色々とソワソワしてきました。

湯川酒造と木曽ペインティングスのコラボラベルのお酒も発売予定になり、またマルオカ工業と木曽ペインティングスのコラボつなぎも公開されました。きっと木祖村の協力隊である小川さんの骨董市我楽多屋(がらくたや)もやるし、オープンランチもするかもしれません。色々と一気に動き出した感じがして6月もとても楽しい一月になりそうだと胸はトキめいております。




それではまた

閲覧数:64回0件のコメント

最新記事

すべて表示

別の道

かつて作品のリサーチのために自分の生まれ育った東京渋谷の歴史について調べる中で、ジャニー喜多川が戦後の占領期にGHQとして来日したことを知ったのだった。彼は美少年に声をかけて野球チームを作ることから始めた。占領が明けた後も彼は日本に残り占領を続けたのだ。 たった7年間の占領期だが、70年以上経った今もその呪縛から逃れられずにいることに戦慄する。それは占領軍が植え付けた自虐史観の洗脳が解けないままの

「祭」の終わりと「わかりやすさ」の正体

ファッションショーまで2週間、展覧会まで3週間となった。 これまで6年間毎年開催していた木曽ペインティングスの芸術祭だが、今年は開催しない。アーティストコレクティブ・GR19企画の展覧会の開催となる。 その理由はいくつかある。 木曽に移住して芸術祭を始めるにあたり心がけていたのは、アートのレベルを下げずにいかに地域の中に根を下ろすかだった。 地方において「都会で相手にされなくても地方の人間ならだま

Comentarios


bottom of page