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移動する民 #03

執筆者の写真: kisopaintingskisopaintings

いくつものカタストロフに押し潰されながらも、何度でも立ち上がって船出するライチョウの方舟。乗りこむ難民土偶。


今年に入ってから土をいじり庭で焼く日々が淡々とつづいていて、そもそも陶芸をやることが初めての経験なのでいつになく無心で手を動かしている。そのせいか目の前の土偶に対し自分で作ったものという感覚は薄いようで、気づいたらアトリエに棲みついた生き物のように感じることもある。マジックアワーにはその感が強まる。

なので燃えさかる野焼きの炎の中へ送り出す時はまさにカタストロフに見舞われ蹂躙される世界を神の目線で見ているような居心地の悪さを覚えるのだろう。そしてそれはやがて消滅していく人類の姿でもある。

最近はだいぶ慣れてきたとはいえそれでも毎回いくつかの個体は爆発を起こし躯体はばらばらに損傷する。その破片を拾い集め接合を試みてもいるのだが、その時の私の姿はフランケンシュタイン博士そのものである。

ひとり静かに時が過ぎゆく山のアトリエだが、増えていく土偶を見ていると物語が堰を崩して溢れでる水の流れのように私を浸すのだ。それぞれの難民土偶が何事かを語るかのようなのだ。その物語に形を与えられるだろうか。

展覧会「移動する民」開催まであと3ヶ月だ。


人類が太古の昔に土偶に込めたもの。

そこに少しでも意識を同期できればと思う。


岩熊力也


*画像〈フランケン難民土偶〉〈野焼きに向かうライチョウの方舟と難民土偶〉




 
 
 

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