​はじまりの絵画

人類最初の画家は猟師だった。

 

旧石器時代に洞窟内に動物たちの姿を生き生きと描き出した人類最初の画家たちは猟師でした。光のまったく届かない洞窟の奥に絵を描いた理由を私なりに推測すると、自ら殺めてしまった動物たちが再び生きて戻ってくることを願ったのではないかと思います。洞窟とはあの世への通路でありその暗闇は万物を創造する神のような存在が司る空間であるならば、殺めた動物たちは死んで消滅したのではなく、創造主の元に帰り再びよみがえる時を待っているのだと、絵画はその事を創造主に示すために描かれたのではないでしょうか。人間が見るためではなく、創造主の元へと魂を送り届けるために絵画は生まれた。それが暗闇に描かれた理由ではないでしょうか。それは生命の循環を願う営みだったのでしょう。

同様のことは日本の絵馬についてもいえます。神に生け贄としての馬の絵を捧げた。人間が鑑賞するためのものではありません。

 

近代とは異様に自意識を肥大化させた人類が野生を駆逐し人間だけしかいない大地を地平線の奥にまで押し広げた世界でした。しかし少子高齢化に人口減少、農業も林業も衰退しじわじわと野生が領域を回復し反撃を開始しつつあります。そんな現実を前にしてもアートはいまだに人間しかいない世界に閉じ籠りインテリごっこに明け暮れているようにしか思えないのです。

画材の歴史とは植民地搾取や奴隷労働の歴史でもあります。色への欲望は世界中で天然資源を獲り尽くし枯渇させてきました。戦争もまた資源をめぐって繰り返された。そのうえにあぐらをかきながら社会正義を語ってしまうアーティストとは如何なる存在なのでしょう。

 

もう一度絵画の始まりからやり直せないでしょうか。

身の回りにある資源を有効に活用しながら一から絵画を生み出せないでしょうか。

木曽ペインディングス創設の理念は「生活の中からアートを」でしたが、この「生活」とは自立した生活のことです。自分が手にする食糧や資材がどこから来たかを知っている生活のことです。そして自分もまた大きな循環の中に居ることを知っている生活のことです。

私たちもまた生命の循環を願い、矛盾した存在でしかない自らを呪いつつも、人類最初のまなざしに一歩でも近づき感じることのできるような活動を地域に根を下ろして続けていきたいと思います。

​​代表・岩熊力也

木曽で獲れた猪と鹿から作られた墨
木曽で獲れた猪と鹿から作られた墨
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木曽産の墨と筆で描かれた絵
木曽産の墨と筆で描かれた絵
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木曽で獲れた狸の毛
木曽で獲れた狸の毛
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鹿の皮から抽出した膠
鹿の皮から抽出した膠
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猪の皮から余分な肉と脂肪を除去する作業
猪の皮から余分な肉と脂肪を除去する作業
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猪の皮を自家なめし
猪の皮を自家なめし
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膠づくり作業
膠づくり作業
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筆づくり作業
筆づくり作業
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木曽で獲れた鹿と狸の毛で作られた筆
木曽で獲れた鹿と狸の毛で作られた筆
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